損得の観念とその限界

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損得の前提

私たちが日々の生活の中で行動を選択する際、しばしば「損か得か」という観念が頭をよぎることでしょう。しかし、この損得の観念は、実は有限性と所有という前提に基づいています。

所有と喪失の概念

所有という概念は、私たちが何かを手に入れ、それを自分のものとするという考え方です。しかし、本質的には、私たちは何も所有することはできません。すべてのものは一時的に私たちの手元にあるだけで、永遠に私たちのものとはなりません。したがって、喪失という概念も本来は存在しないのです。

損得の限界

それなのに、私たちが「損か得か」という基準で物事を判断しているということは、何かおかしいところに私たちが陥っていると言えるでしょう。損得という観念は、本質からは程遠い場所に存在します。それは偽物の概念から生まれ、その中に本質は存在しません。したがって、私たちは損得で判断をしている間、本質には向かうことができません。

損得の視点の狭さ

損得で物事を考えるということは、狭い視野になってしまうことを意味します。それでは、人生の本当の価値を見失ってしまうかもしれません。

人生の無駄とその美しさ

人生は、壮大な無駄があふれています。しかし、その無駄が笑えるほどに存在することこそが、実は素晴らしいことなのかもしれません。私たちは、損得を超えた視点から、人生を豊かに生きることができるのではないでしょうか。

たとえば、海に浮かぶ泡を思い浮かべてみてください。泡は一時的に形を保ちますが、やがて消えてしまいます。私たちが所有すると思っているものも、その泡のようなものです。一時的に私たちのものと思えますが、結局は消えてしまうのです。それこそが、私たちが追求すべき本質なのかもしれません。この視点から、新たな行動の選択が可能になることでしょう。それはまるで、海に浮かぶ泡が消えて、新たな泡が生まれるようなものです。その繰り返しの中で、私たちは真の価値を見つけることができるのです。

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